エネルギー研究所ー新たなエネルギーとは

マリー・キュリー③ ピエール・キュリー

マリー・キュリー③ ピエール・キュリー

放射能を発見したキュリー夫人ですが

その旦那さんはどんな人でしょうか。

 

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ピエール・キュリー

ピエールは医者の息子として、パリで

生まれました。

ピエールの父も研究家で、彼のことを

ずば抜けて優れていることを見抜いて

いました。

父はピエールに自ら勉強を教え、その

のち、家庭教師をつけ、ピエールの才

能を伸ばしました。

ピエールは16歳で大学で科学の学士の

学位をとり、18歳で修士を取得しました。

19歳になると研究所の助手に任命され

研究者としての経験を積み始めると

いう天才ぶりでした。

 

 

ピエールの研究

ピエールは、それまでに、兄ジャック

・キュリーと共同で行った磁性の研究で

大きな業績を挙げ、さらに磁性体が温

度を上げると磁性を失うことを発見。

「キュリー点(温度)」

と命名するなど若くして業績を挙げて

いた。

さらに、ごくわずかな量の電気と物質

の重さを測る新しい超感度計量計を

発明しました。

ピエールの水晶と磁気における重要

な発見は、クォーク時計の開発につ

ながっていきます。

 

パリ市の工業物理学・化学学校の実験

主任をしていました。

30人もの生徒に教えていました。

しかし、人付き合いが苦手なピエール

は300フランの月給しかうけとって

いませんでした。

この金額はパリで生活するにはぎり

ぎりでした。

ピエールは圧電効果の研究もしており、

これは後のマリーとの共同研究に絶大

な貢献をすることになります。

ピエールは物事を純粋に考えるヒュー

マニストで、一生を科学に捧げ、結婚

はむしろ科学研究の障害になるからし

ないと考えていました。

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マリーと出会い

しかし、マリアと出会ったことが彼の

運命をも変えるのでした。

1894年の夏から秋にかけ、マリア

が家族とともにヨーロッパを旅行しな

かったら、結婚はしまいと考えていた

ピエールの心がマリアとの出会いによ

ってどんなに変わったかを我々は知る

ことができなかったろう。

ピエールは人に心の内を明かすことを

めったにしない内気な性格でした。

二人はムフタール街にアパートを借りて

住み、1895年7月26日結婚する。

ピエールは無宗教だったし、マリアは

洗礼は受けただろうが教会へは行きま

せんでした。

二人は教会で式は挙げず、ピエールの

実家があるパリ南郊外のソー( Sceau )

の市庁舎で、親戚家族だけのつつましい

結婚式を挙げたのだったのです。

マリー・キュリー④ キュリー夫婦で研究

 




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