エネルギー研究所ー新たなエネルギーとは

マリー・キュリー① 少女時代

 

新元素ラジウムを発見し、2度のノー

ベル賞を受賞した女性科学者マリー・

キュリー。

教師を両親に持つマリーは小さなころ

から才女ぶりを発揮していました。

マリー・キュリーの少女時代を見て

行きましょう。

 

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マリー・キュリー

20世紀に入って盛んになった放射性物質

の研究は当時の科学を大きく変えること

になりました。

マリー・キュリーは現代科学の幕を開け

た女性科学者です。

マリーは放射能という新しい科学用語を

生み出し、129もの様々な賞や称号を受け

そして、ノーベル賞を2度も受賞した初の

人物なのです。

 

天才少女マリー

1867年マリーはポーランドで生まれました。

マリーが生まれた時代のポーランドは、隣

の国のロシアに支配されていました。

ポーランド人でマリーの両親のように教育

に携わった人にとってこの時代は忘れられ

ないでしょう。

マリーの父は男子校で物理学の教師をし

ていました。

マリーの母は女子校で校長を務めていま

した。

ロシア人はポーランド人の学校でロシア語

とロシアの歴史を教えるように強制してい

ました。

ポーランド人は子どもたちに、自分たちの

国の言葉であるポーランド語と、ポーランド

の歴史を隠れて教えていました。

マリーはたいへん優秀な子供でした。

まだ4歳のころ、学校に通い始める前に、

自分で勉強して文字を読むようになり、

読書が大好きでした。

マリーの両親は、3つ上の姉ブローニャより

先に本が読めるようになったため、姉妹

喧嘩を心配して、マリーから大好きな本を

取り上げるほどでした。

 

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マリーの学校

マリーが通う学校には時々ロシア人が訪れ

ロシア語やロシアの歴史をきちんと学習し

ているか、調査にやってきます。

この調査官を視学官といいます。

マリーの学校に視学官がやってくると、

先生は優秀なマリーを選んで、視学官の質

問に答えさせました。

優秀なマリーは視学官の質問にきちんと答

得ることができるので、先生はいつもマリ

ーを選ぶのでした。

 

 

マリーの悲劇

勉強が大好きなマリーでしたが、家庭では

悲しいことが続きました。

マリーの父親は学長がロシア人であったため

その方針で教師を辞めさせられました。

マリーが8歳の時、一番上の姉のゾーシャが

チフスで亡くなり、その2年後に母親が結核

でなくなりました。

母の死後、長女となったブローニャが学校を

やめ、家族の面倒を見ることになりました。

マリーは苦しみの中一生懸命勉強しました。

15歳になると、最優秀成績者に贈られる金

メダルを獲得しました。

しかし、マリーは勉強のし過ぎで病気に

なってしまうのです。

いつでも元気がなく、何をしてもやる気が

起きない。

マリーは病気を治すために、田舎の親せ

きの家で暮らすことにしました。

 

 

姉ブローニャの夢

ブローニャは学校をやめ、家族の面倒をみて

いましたが、本当は勉強がしたくてたまりま

せんでした。

医者になるのがブローニャの夢だったのです。

しかし、それは無理なことでした。

当時のポーランドでは女の人は大学に入る

ことができなかったのです。

そのため、多くの人が、ロシアの支配を逃れ

フランスに渡りました。

ブローニャもパリの名門校、ソルボンヌ大

学に入学したかったのです。

しかし、家にはお金がありません。

ブローニャは諦めかけていました。

 

マリー帰る

マリーが療養先の田舎から帰ってきました。

すっかり健康になって、元気な姿です。

マリーはブローニャの悩みを聞いて、ブロー

ニャの力になることにしました。

マリーは住み込みの家庭教師をして、ブロー

ニャの学費を稼ぐことにしました。

そして、ブローニャがお金を稼ぐことができ

るようになったら、マリーの学費を出すとい

う条件でした。

 

家庭教師のマリー

マリーは田舎の村で、ゾラフスキー家の住み

込み家庭教師をすることになりました。

ゾラフスキー家には、二人の子どもがいます。

マリーの仕事は、その二人に1日7時間、勉強

を教えることでした。

そのうちマリーは、近所に住む貧しい子ども

たちが満足に学校にいけないと聞いて、

無料で勉強を教えることにしました。

自分の部屋を教室にし、毎日2時間、休まない

で教えていました。

しかもマリーは勉強を教えるだけでなく、

と数学科学の本を読みふけりました。

 

 

マリーの番

パリに留学していたブローニャは、大学を

卒業すると医師のカジミール・ドルスキー

と結婚しました。

そして今度はマリーの番です。

ブローニャはマリーをパリに招いてくれま

した。

マリーが大学に通う間は、ブローニャ夫妻

と一緒に暮らす予定です。

マリーは祖国を離れ、家族とも別れ・・・

しかし、マリーに迷いはありません。

勉強に対する情熱に勝るものはなかったのです

そして、マリーのパリでの生活が始まります。

 

マリー・キュリー② ピエールとの出会い




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