エネルギー研究所ー新たなエネルギーとは

放射線を発見した人たち、キュリー夫人がラジウム、ポロニウムの二つの放射性物質を発見

1895年レントゲンがエックス線を発見

して以来、放射線の発見には様々な人

たちが関わってきました。

キュリー夫妻、ベクレル、ラザフォード

その功績によりノーベル賞を受賞しまし

た。

当時は放射線の害もわかっていなかった

ため無防備に放射性物質を扱っていて

キュリー夫人をはじめ多くの人が放射線

障害でなくなりました。

彼らを詳しく見ていきましょう

 

suponsarink
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ベクレル

 

放射線の存在を発見したベクレル

ベクレル家は彼のほかに祖父、父、息子、

従兄弟がそれぞれ著名な科学者や医師で

あり、ベクレル自身も生粋のエリート科

学者でした。

専門は蛍光物質の研究であった。

1896年、ベクレルはウラン化合物に日光を

当てるとX線が発生することを証明するため

に、毎日実験を繰り返していました。

あるとき、曇り空のため実験を中止したベク

レルは、写真乾板に薄い銅の十字架を置き

その上にウラン化合物の結晶を乗せて、机の

引き出しにしまっていました。

その乾板を現像すると十字架がくっきりと写っ

ていたことから、ウランからエックス線に似た

放射線が出ていることを発見しました。

この光線は後にベクレル線となずけられました。

彼はノーベル賞受賞から5年後に、被曝が原因と

いわれる心疾患により55歳で亡くなりました。

 

キュリー夫人

 

1897年から1902年の間、マリーは夫の物理学者

ピエールと、パリの学校から与えられたボロボ

ロの物置小屋で実験に明け暮れるました。

ウランを含むクズ鉱石を手作業で砕き、運び、

さまざまな化学薬品を使って不純物を取り除く

作業に二人で没頭していたのです。

そこでウランよりも強い放射線を出している

ポロニウムとラジウムという新しい放射性元素

を発見しました。

放射性元素という名前と放射線を出す能力に

放射能という名前を付けたのがキュリー夫人です。

キュリー夫人はノーベル賞を2度受け、同じ道を

進んだ娘もノーベル賞を受賞しています。

1934年に再生不良性貧血で亡くなりました。

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ラザフォード

 

1898年アーネスト・ラザフォードは原子が壊れ

ほかの種類の原資に代わるとき、アルファ線と

ベータ線が原子核から出ているのを発見しました。

ラザフォード散乱による原子核の発見、

原子核の人工変換などの業績により

「原子物理学の父」と呼ばれています。

 

まとめ

 

人類の歴史の中ではまだまだ使い始めた

ばかりの原子力。

爆弾や大量破壊兵器としての使い方が

大きく取り上げられているが

もっと別の使い方もあるはずです。

核のリサイクル、中間貯蔵施設など

今後の日本の方向性を理解して

情報を自分なりに判断して答えを出す

ことが重要です。

それでは、最後まで読んでくださって

どうもありがとうございました!^^

よろしければシェアやコメント等

してくださると幸いです◎




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