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日本の原子力施設でおきた重大事故、町の中を走る放射性物質

日本の原子力施設でおきた重大事故

日本の原子力施設では、これまで何度も大きな事故が起きています。
しかし、政府やマスコミは事故を実際より小さなものとして扱っていました。

また、電力会社も、起きた事故を隠したりしていました。

原子力施設で起きた事故を見ていきましょう。

 

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重大事故

1995年、12月、高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏れにより火災事故が発生しました。

1999年、9月、JCO東海事業所で臨界事故が発生して、作業員2名が死亡しました。

2002年、8月、福島第一、第二、柏崎刈羽原発での相次ぐ事故隠しが発覚。

2004年、8月、美浜原発で配管破断事故が発生して、作業員5名が死亡

2007年、7月、新潟県中越地震によって柏崎刈羽原発で火災が発生しました。

2010年、8月、高速増殖炉「もんじゅ」で重さ3.3tの炉内中継装置が原子炉に落下し、もんじゅは停止中

2011年、3月、福島第一原子力発電所の事故

 

 

美浜原発事故

2004年、8月9日、美浜原発3号炉の配管が破裂、高圧蒸気が噴出し、近くにいた作業員5名が即死、6名が重軽傷のやけどを負いました。

配管は、直径56cm、厚さ1cmのものでしたが、破裂した箇所の厚みは1mm以下の薄さになっていました。

運転開始から、27年、一度も配管検査をしておらず、危険性を指摘されていました。

経済産業省はこの事故を軽いものと評価しました。

 

JCO東海事業所

1999年9月30日、JCO東海事業所の核燃料加工施設内で核燃料を加工中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生した。

これにより、至近距離で中性子線を浴びた作業員3名中、2名が死亡、1名が重症となった他、667名の被曝者を出しました。

事故の原因は、JCOのずさんな作業工程管理にあった。

JCOは、燃料加工の工程において、臨界事故防止(臨界安全)を重視した正規のマニュアルではなく、「裏マニュアル」に沿って作業をしていた。

 

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核の輸送

核燃料と核廃棄物はトラックに乗せられ、一般の人には知らせずに、普通に道路を走っています。

もし、事故が起きれば、大変な被害が出ることは容易に創造ができますね。

国が、輸送を秘密にする理由は、
「核燃料を盗まれないため」

「テロを防ぐため」

 

といっています。

 

このように、原発に関することは秘密が多くなっています。

福島原発に事故も、多くの重要な情報が秘密になっていました。

原発は国民の「知る権利」を大切にする民主主義とは、相容れないのです。

しかし、どんなに秘密にしても放射性物質を狙う盗難やテロは起こりうることなのです。

 

 

まとめ

 

このような事故が起こっていても、原発推進派は原発を推し進めていくのでしょうか?

国は国民にすべてを隠しとおせると思っているのでしょうか?

 

 

人類が抱えているエネルギー問題、現在の暮らしを見つめなおして、未来の暮らしを考えてみましょう。

それでは、最後まで読んでくださって

どうもありがとうございました!^^

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